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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

みな平家に反いて起った。

等、等、等――、今にも天地が覆るようにいう者もあるが、多くは平然。

「ホウ。またですか」

上層の驚かないのと、彼等の驚かないのとは、質はちがうが、いずれにしても、京都のもっている爛熟、懶惰、軽佻の空気はすこしも革まらない。

しかし。そうした中でも、去年の暮、南都の大衆に、不穏のきざしありとかで、清盛入道は、重衡朝臣をして三万余騎をさしむけ、またたくまに奈良の東大寺、興福寺をはじめ、伽藍堂塔を焼きはらい、大乗小乗の聖教やら、国内第一の大仏秘仏など悉く灰燼にしたばかりか、手抗う僧兵一万余を斬り殺し焼き殺したという――

あの事件の時ばかりは、さすがに心なき人々までも、

「南無――」

と、思わず唱えて、その数日は、朝夕の飯も不味い思いがするなどと語り合っていたことだった。

その生々しい記憶のある矢さきなので、明けて今年、養和元年の閏二月、

「入道には、もはや今日か明日のお命じゃそうな」

と、誰からともなく、清盛の危篤がもれ伝わると、みな一図に、

「それ見たか。仏罰はおそろしい」

と、すべてをその罪業のむくいとして、ある事かない事かの判断もなく、入道の病について、たちまち、奇々怪々な浮説が云い囃された。