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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
栄華散落
一
秋も近い七月二十五日の事である。昼からひどい暑さであったし、雨のすくない後なので、都の屋根は、乾ききっていた。
前の夜の夜半ごろからすでに、
「木曾、北陸の怖ろしげな猪武者の大軍が、もう叡山を占領し、大津山科にも満ち満ちて、今にも洛中へ攻め入って来よう」
と、まるで地震の地鳴りの次々に聞えてくるように、京都じゅうを揺りかえしていたので、きょうの明け方からはもう全市に庶民の影は見えなかった。
逃げたのではない。
近郷へ避難してゆく、病人や年よりや女子どもの、続いて行ったのは、もう三日も前の京都で、今は、そんな光景すらなく、刻々と、気味わるい静寂のうちに、ここの死相は迫りかけていた。
「な、なんじゃろ?」
床下の坑へかくれたり、小屋の戸をたて籠めて、息をこらしている庶民は、何か、大路の方に、物の轟きを聞くと、唾をのみ、眼と眼ばかり見あわせた。
往来まで、恐々と、様子を見に行ってもどって来た若い男は、町屋の裏へかけこんで、手つき物まねで、しゃべっていた。
「――途方もない敗け軍だよ。今朝から逃げて来るのはみな平家の兵ばかりじゃ。今もな、新中納言知盛様、それと重衡様なんどが、みじめな姿で、八条のほうへ逃げて行ったぞよ」