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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
四
いたずらに家具什器をたずさえても荷になることぞ。何も持つな。ただ弓矢と駒のみを大事に持て」
こういう令は、きびしく達しられていたにかかわらず、いざとなると、馬、車に積めるだけの財宝を積もうと焦心ってみたり、遽に坑を掘って、土中へ金銀をかくしてみたり、井の底へ、家宝を投げ入れて、また京へもどる日もあればと、儚い先のたのみをつないでみたり――為に、刻々と迫っている生命の危険も忘れて、一門の退京は、思い思いに遅れていた。
早くも、素ばやい盗児は、焔をくぐって、空巣をあらし廻っている。
宵になると、洛中数十町のあいだは、焔々と、軒をつらねて、火をふいていた。
そのため、辻の口から押し返す者と、後から押してくる馬、車の人なみとが、殺し合うような混乱を起していた。
「――お館さま?」
「中将様っ」
「どこにお在しますか。いかがなされましたか」
「時移している間に、退き口もみな、焔につつまれますぞ」
「先なるご一門が、お姿が見えぬとて、いたくお案じです。――いずれにお渡りあそばしますにや」
ここは三位中将維盛の第宅であったが、明りもなく人気もない館のうちを、土足の郎党らしい者七、八名が、交に声をからして呼び廻っていた。