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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
ここには、往来のため長い橋が架けられてある。
しかし橋板はもちろん対岸の敵がのこらず引いてしまった。また、渡河の攻め口としては、地形や水勢から見ても、この附近しかない事は分っているので、敵は、ここの橋杭を中心として、上流下流の数町にわたって、あらゆる障碍を水底に設けていた。
「なんの、これしきの河」
坂東武者はみな気負いたって、義経の令をむしろもどかしげに待ち焦れていたが、義経は、
「いや、難しい」
と、正直に自然を怖れ、先に、馬を降りてしまったのであった。
兄の範頼を瀬田にのこし、彼の軍は、伊賀路から笠置を経て、宇治に屯し、きょう正月の二十日、いよいよ渡河を決意して、この富家の渡しまで押出して来たのである。戦略上、兄の範頼のほうでは、
「両軍、合せて四万」
と、称えているが、実数はその十分の一、四千余りの兵数でしかなかった。
それを義経が、正直に、
「瀬田口に二千五百を向け、宇治川へは一千五百をひいて行く」
と、誰にも、ありのまま実数を云いふらしたというので、範頼は腹を立てて、
「九郎殿は、余りにも兵法の弁えがなさすぎる。あんな事で、宇治川の備えを破れようか」