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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
二
「実平」
「はっ」
「ここよりは、全軍をお身の手にあずけるぞ。心して、西の城戸へ駈け向え」
「はっ。……して」
「わしは、なお、山路を深くはいって、鵯越えから敵を真下にのぞみ――」
云いかけた時、うしろの兵のなかで、何か急に立ち騒ぐ声がした。
二
ひと所にかためておいた七、八名の捕虜が、隙をうかがって縛めを断り、見張の兵を刺してやにわに逃げかけたのであった。
「やっ、どこへ」
たちまち、追いかぶさって、逃げた捕虜もめった斬りにされたり突き伏せられたりして、一瞬ではあったが、血なまぐさい絶叫がそこに聞えた。
「斬るなっ」
義経はあわてて制した。しかし間にあわなかった。無傷にまだ生きていた捕虜はひとりしかなかった。
「大事にせよ。その者を、これへ曳いて来い」
やがて逞しい男が、彼の前へすえられた。
その捕虜は、播磨安田の庄の下司多賀菅六という者だった。
生国姓名だけ聞きとると、義経はすぐ諸将に向き直って、
「では」
と、袂別の眼を与えた。
ここで軍を二分し、そのあらましを土肥実平にゆだね、義経自身は少数の一部隊をひっさげて、鵯越えの嶮へまわるなどという事は、平家方はもとよりの事、彼の帷幕者でさえ、誰も予想していなかった。