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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

四

常磐の場合でもそうだったのである。その頃、清盛はまだ見る影もない布衣だったし、義朝は得意のさかりであった。

が――今は。

余りな変りようである。清盛も感慨なしにはいられない面持であった。ややしばらくたってから彼は初めて常磐に云った。

「乳は出るか。……乳はたくさん出るのか」

四

恐い人と噂にも高い六波羅殿である。その清盛の事だから、どんな激越な吟味ぶりかと思いのほか、

――乳は出るか。

という質問が、最初に出たので、常磐も意外であったろうし、侍側や問罪所の諸人も、あっけにとられた顔して、黙り返っていた。

「…………」

片手に牛若を抱いているので、片手のみを床につかえたまま、常磐がかすかに顔を横に振ると、清盛はうなずいて、

「出ないか。さもあろう」

と、独り喞つようにまた、

「わしの母親も、貧乏の頃は、乳が出ぬので、悩んでおった。女親とは、愚かなもので、ない食べ物も、あるように見せて、良人へ喰わせ、這う子に与え、自分は喰べぬうえに、乳呑児に乳をせびられる。堪ったものではない」

「…………」

「さすがに義朝を、うつつにさせた其女の容色も、あわれや、見るかげもなく窶れたなあ」