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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

二日も三日も、黙々として、その的のない道を、五名は歩いた。

「もしもし……それへおいであるのは、角間の蔵人殿ではおざらぬか」碓氷川のほとりで、こう声をかけた一群の旅人があった。三頭の荷駄を曳かせて、四、五人の男を連れた郷士ふうの男だった。

「角間の?」と、親鸞に付き添うている人々は一様につぶやいて、

(誰のことをいうのか?)と、いぶかった。

駒の上から下りた郷士ていの男は、西仏房のそばへ来て、肩をたたいた。

「ウム、やはりそうじゃった、角間の蔵人うじ、わしらは、穂波村の者だよ、あんたの若いころから知った者だ、まア何年ぶりだか分らねえが」西仏は思い出した。彼の故郷は信州角間村である、そのころは、角間の蔵人と呼ばれていたが、あまり遠い昔のことで、自分の名とも思われなかったのである。

この人々に出会ったのが機縁で、親鸞と西仏と、光実、了智の四名は、ふたたび碓氷を越えて、信州佐久郡へ行くことになった。

そのうち、生信房が一人ぬけたのは、彼もこの機に、久しぶりで郷里へもどって、多年の悪名を洗い、郷土のために、これからの半生を念仏の弘通にささげたいという心願を訴えたので、親鸞もそれをゆるして、碓氷川から北と南へ袂を分ったためであった。