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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
木の香のにおう新院へ、三月寺のほうから親鸞師弟は移ってきた。
間もなく、小島郡司武弘の媒介で、嫁御寮は、嫁いできた。真岡の判官兵部大輔三善為教の息女といえば、里方も里方であり、媒人も媒人であるが、親鸞の目的は、身をもって、凡夫直入の生活をして見せるのにあった。在家往生の本願を実践するのにあった。――で、もちろんその華燭の典は、いとも質素に行われた。
一念一植
一
親鸞にとって、朝姫は、第二の玉日であった。
嫁ずいてきてからすぐ翌年に、その裏方は、後に、小黒の女房とよばれた昌姫を生み、やがてまた、二年おいて、男子の明信を生んだ。
親鸞の望みどおりな、一庶民の生活図がそこに広がって行った。
嬰女のお襁褓の乾してある稲田の草庵の軒先からは、いつもうす紫に霞んでいる筑波の山が見えた。窓からは、加波山の連峰が見え、吾国山の襞が、澄んだ日には、あきらかに手にとるように見える。
裏方は、子を抱いて、よく陽の下に出ていた。そして、彼女のうたう子守唄は、すぐ庭先をながれている吹雪ヶ谷の渓水に乗って、ひろい沃野へ聞えて行く――
稲田、福原をあわせて何千石という広茫な青田をわたって来るすず風が、絶えず、この僧俗一如の家庭を清新に洗っていた。