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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

そのうちに一人が、

「お上人様、お上人様」と、呼んだ。

「おい」と、上人は泥によごれた足を、畦の流れで洗いながら、百姓ことばで答えた。

「なんじゃの、与茂作どの」

「あれごろうじませや、あちらの田ン圃の向こうから、裏方様の背におぶさった姫さまが、こちらを見て、可愛いお手々を振ってござらっしゃるではないか」

「ほ、ほ……ほんにの」親鸞も、微笑を送った。

「可愛や、お父さまの姿を見て、はよう田から上がりなされと呼んでござらっしゃるのじゃ、お父様も、手を振っておあげなされ」

「こうか、こうか」親鸞は、いわれるまま、手を振りまわした。

――念々称名の水をかけ

往生の秋になりぬれば

と、百姓たちは、農具を肩にかついで、三々伍々、唄って帰った。――そして、稲田の草庵の前を通る時には、どんな幼い者でも、必ず、

「――なむあみだぶつ」と、御堂の中の阿弥陀如来へ向って、外から礼をして通った。

五

筑波の山の影が、田水に落ちていた。親鸞は、泥足を洗って、

「アア、今日もよい一日を送らせていただいた」と、腰を伸ばした。草庵へ帰っても、

「愚禿の親鸞には、いとも覚つかない大任ですが、今日も御力をもって、よい教化の一日を暮らさせていただきました」