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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

陽はいつか山の端にかくれて、冷たい気が白々と降りてくる。衣の袖は湿っぽく濡れ、はなればなれになった人数は、おのおの道に迷って、おおウいと仲間を呼んでも、谺のほかの答えはしなかった。

「弁円殿っ。――播磨公殿っ」

声では返事がないので、そうしきりに呼んでいた一人の山伏は、岩の上から法螺貝をふいた。――大きく二度、三度、四度と。

(何事やある)

(さては、親鸞を)と山伏は方々から再び峠の一ヵ所に群れ集まった。その中には、眉間に青白い焦躁を刻んでいる弁円の顔もあった。

「なんだ、相模坊」

「残念です」

「どうしたと」

「ただ今、麓からの報らせです。親鸞と生信房のふたりは、もう疾くに、稲田の庵室へ立ち帰って、弟子どもや妻子と和やかに笑いさざめいているとのこと。……いったいここや谷道の幾重もの柵は、何に備えていたのでござるか」

「げッ、親鸞は、もう稲田へ帰っていると……そ、それは真か」弁円は、信じられないような顔をしていった。

六

疑っても疑いようのない事実が、麓から弁円の前へ、次々に注進された。

どうして、水も漏らさぬこの備えを潜り抜けたか、この板敷山の嶮を無難に通って行ったか?