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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
いた、そして事ごとに、おん身を苦しめることのみ考えていた」
「そうだ……もうあれは四十年のむかしになる、しかし、瞼をふさげばまた、きのうのような心地もする」
「三ツ子のたましいは百までもというが、その後、おれは父を亡い、町にさまよい、叡山を追われ、家はなく、ただ知るのは、世間の人の冷たさのみで……おれの心はひねくれるばかりだった。――そのころすでにおん身は、範宴少納言といわれ、北嶺の麒麟児の聞えたかく、若くして、聖光院の門跡となってゆくのを見、ねじけ者のおれは、いよいよ、陰に陽に、おん身を呪詛しはじめた」
「……ウム」親鸞はうなずいてみせ、
「わしは、なんとも思うてはいない、むしろおん身のために、励まされたことがあろうとも」
「――いや、その蔭は、むしろおれのほうが受けている。それを今、はっきりと気がついた。常におん身を呪詛しつつも常におん身を仮の敵と見、おん身の進んでゆく道を、自分も負けまいという目標にして励んでいた。今思えば、おん身が他力門の真の聖者であったればこそ、ねじけ者、怠け者のこの弁円も、とにかく孜々として鈍才に鞭打ち、聖護院の御内から少しは頭角を出して、播磨公弁円といわれるまでになったのだ。