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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

「――お内儀、ちょっと、お待ちなされ」と、親鸞は今までことばをかけたことのないその女に向って、初めてその日、こう声をかけた。

二

思いがけなく、上人にこう呼びかけられると、女は、冥加におののいて、

「は、はい……」と、綿のようにやわらかに、そのまま、ひれ伏した。

「同行衆は、もはや皆、おもどりなされた。おさしつかえなくば、もすこし、話して行かれぬか」

「もったいないお言葉でございまする」

「そう、堅うならずともよろしい。親鸞は、誰とも親しい仲じゃ、お寄りなされ、隔てのう、もそっと、こちらへお寄りなされ」

「はい」

「お内儀。――お帰りは遠いのでおざるか」

「河和田の者でござります」

「それでは近い……。して、主どのは?」

「平次郎と申しまして、柳島の御造営に働いている大工でございます。わたくしは、平次郎の女房で、吉といいまする」

「ほ……平次郎……。あの酒ずきでよう喧嘩をする男のお内儀か」

「さようでございまする」お吉は、顔をあからめて、聞き取れないような小さい声になった。

「ようお上人様にも、良人のひとの噂をお聞きでございましょうが、おそろしい一徹者のうえに、大の念仏ぎらい。