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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

十四

やっと、追いついてみると、もう仙洞御所の東門に、主人の姿はそこになかった。

範綱は、院の中門へ、駈けるように急いで行った。そして、

「あっ……」と、立ち竦んでいる。

北の中門の外に、お微行の鳳輦が横づけになっているではないか。法皇は、ひそかにお出御になろうとしている。

いずこへ? それは範綱には分っていた。六月二日の参会ということは、いつか多田蔵人の口から聞いていたのである。それを思い出したれば急いで来たのであるが、ここへ来るまでは、よもや、法皇がいつかのお言葉をひるがえして、新大納言や北面の不平武者にそそのかされて、そんな会合へ敢てお微行をなさろうなどとは、十中の八、九まで、ないことと信じていた。

けれど、事実は、範綱の正直な考え方とはあべこべだった。やがて、薄暮のころになると、武者所の人々がひそかに支度をととのえて、法皇の出御をうながした。

範綱は、樹蔭に身をひそめて、そこの動静を、じっと窺っていた。

十四

藍草の汁をしぼったように、水っぽい夕闇が四囲をこめてきた。燭の影が、深殿の奥から揺れてきた。法皇のおすがたらしい影が、側近の人々の黒い影にかこまれて、お沓へ御足をかけている。