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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

法皇は、板ばさみになったお顔つきで、ちょっと、当惑していられたが、範綱が沓のまえに死を賭して坐りこんでいる姿をみると、むげに、退けられなかった。

「しばしの間、遠慮せい」側近は、お声の下に、無言の頭を下げて、去るよりほかなかった。

範綱は、その人々が去るのを待ってから、すでに、新大納言に謀叛の下ごころがあることを、平家方では、察知しているということを、今日の庄司七郎の言葉を例証として、つぶさに、内奏した。

法皇は、さすがに、顔いろを変えられた。御自身が、謀主になっても亡したいほど憎悪する平家ではあるが、それほどにまた、怖ろしい平家でもあるのだった。わけて、法皇は清盛入道が感情的に激発したらどんなことでもやりかねない男であるということを、幾つもの実例で骨身にこたえて御承知なのであった。

「やめよう」すぐ、こういわれた。

たちまち、鹿ヶ谷への行幸は、沙汰やめになった。武者所の人々は、

「いらざる諫言だてをする歌よみめ」と、範綱を憎み、

「このままでは、味方の気勢にかかわる」といって、調えた御輦を、空のまますすめて、松明をともし、暗い道を鹿ヶ谷の集まりへと急いで行った。