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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

――それとも、旧友文覚にも、洩らせぬほどの大事か」

「ちと、言い難い」

「では聞くまい」

「怒ったか」

「ム、怒った」文覚は、わざと、むっとして見せたが、すぐ白い歯を剥きだして、

「そういわずと、話せ。法衣は着ても、性根は遠藤盛遠、決して、他言はせぬ」

「…………」弥太は、立って、堤のあなたこなたを、見まわしていた。頭に物を乗せた大原女が通る。河原の瀬を、市女笠の女が、女の使童に、何やら持たせて、濡れた草履で、舎人町の方へ、上がってゆく。

ほかには、蝉の音と、水のせせらぎと、そして白い水鳥の影が、気だるく、淀に居眠っているだけである。

「盛遠」坐り直すと、

「わしの名は、文覚。盛遠は、十年も前に捨てた名まえ、文覚と呼んでくれい」

「つい、口癖が出てならぬ。ならばついでに、俺の変名も、おぼえておいて、もらおうか」

「ほ。名を変えたか」

「旅商人が、堀井弥太では、おかしかろう。――一年に一度ずつ京都へ顧客廻りに来る、奥州者の砂金売り吉次とは、実は、この弥太の、ふたつ名前だ」

「え。吉次」

「そう聞いたら、何か、思いだしはせぬか」

「思いだした。……おぬし、鞍馬の遮那王様へ、密かに、近づいているな」