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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

その前にある経机には香炉と、水瓶をのせ、やや退がって、阿闍梨性範の席、左右には、式僧が、七名ずつ、これも、眼たたきもせずに、それへ入ってくる九歳の発心者を、じっと、見つめていた。僧が、そっと側へきて、

「和子、お召し物を、かえられい」と、教えた。

「はい」十八公麿は、すらり、と水干を脱いだ。

冷やかな、木綿の素服が、その前へ、与えられる。――範綱はふと、胸がせまった。

「こちらへ」

僧が手をひいて、壇の前へ、坐らせた。小さな彼の手は、彼がするともなく、また、人が教えるともなく、ひたと、合掌して、頭をすこし下げた。

流転三界中

恩愛不能断……

むらさきの糸がのぼるように、縷々と、香炉の中から、においが立って、同時に、列座の衆僧の声が朗々と、唱和した。

帰依大世尊

能度三有苦

十八公麿のくちびるも、共に、かすかにうごいていた。彼の姿は、この天井のたかい大伽藍の底にすわると、よけいに、小さく見えるのであった。

「…………」慈円僧正は、座を立った。

僧が二人、左右から、紙燭を捧げる。

一人の僧はまた、盤のうえに、剃刀をささげ、また、一人は十八公麿のそばに寄って、水瓶を捧げていた。