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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

九

性善坊も、草むらへ坐った。

憮然として、孤雲は、宵の月をながめていた。何か、回顧しているように。やがて、そっと、瞼をふいて、

「――もう、何年前になるか、あの六条様のお館へ、間者に入って、捕まった年からのことです」

「うむ……」

「主人の成田兵衛から、不首尾のかどで、暇を出されたので、家にある老母や妻子にはすぐ飢えが見舞います。そのうちに、京の大火の晩に、足弱な老母は、煙にまかれて死ぬし、妻は病気になる、子は、流行病いにかかるという始末。とやこうと、悪いことつづきのうちに、この身一人、生きながらえて後の家族どもは、皆、あの世の者となってしまい申した」

「それは、御不運な……」性善坊は、慰めようのない気がした。あの、平家の郎党としての兵ぶりは、今の孤雲の影のどこにも見あたらない。

「一時は、死のうかと、思いましたが、戦ならば、死ねもするが、武家の飯をたべた人間が、飢えや、不運に負けて、路傍で死ぬのも、残念でなりません。――そのうちに不幸は、私のみでなく、旧の主人、成田兵衛さまも、宇治川の戦で、何かまずいことがあってから、御一門のお覚えもよからず、また、御子息の寿童丸様は、次の、源氏討伐の軍に、元服して初陣したはいいが、人にそそのかされたか、臆病風にふかれたか、陣の中から、脱走して、お行方知れずになってしまいなされた