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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

六

六

とにかく、此宿には違いないので、範宴が門口に寄って尋ねると、

「ああ、病人の旅のもんならば、裏の離れにおるだあ。この露地から、裏へ廻らっしゃい」木賃の亭主が、煙っている家の中で呶鳴る。

「少々、その者に、会いとう存じますから、それでは、裏へ入らせていただきます」と範宴は、一応断って、教えられた裏の方へ廻ってみた。

百姓もするのであろう、木賃旅籠の裏には、牛なども繋いであるし、農具だの、筵だのが散らかっている。

亭主のいう離れとはどこかと見まわしていると、飼蚕小屋でも繕わしたのであろう、ひどい板小屋を二間に仕切って、その一方に、誰やら寝ている者がある。

(こんな所に寝ているのか)弟の境遇は、その板小屋を見ただけでわかった。旅の空に病んでいる気持、恋のために世間から追いつめられて、その恋をすら楽しめずに死を考えている気持――。まざまざと、眼に見せられて、彼は、胸が痛くなった。

驚かせてはならないと、しのび足に、板屋の口へ寄って、異臭のする薄暗い中を覗きながら、

「朝麿」と、呼んでみた。

すると、そこに見えた薄い蒲団を刎ねのけて、寝ていた者は、むっくりと、起き上がった。