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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

「あっ、痛っ」顔を抑えて振りかえった亭主は、そこに立っている野武士の顔を仰いで、

「おぬしは、隣に泊っているお客じゃないか」

「さよう」

「なにをさらすのじゃ、なんでわしを、撲ったか」

「やかましい」野武士ていの男は、逞しい腕を亭主の襟がみへ伸ばしたかと思うと、蝗でも抓んで捨てるように、

「おととい来い」吊り上げて、その弱腰を蹴とばした。

「わっ」亭主は、外へもんどり打って、霜解けのぬかるみへ突っ込んだ泥の手で、

「おれを。……畜生っ、おれをよくも」むしゃぶりついてくる手を払って、野武士ていの男は、その鷹のように底光りのする眼でつよく睨みつけた。

「さっきから隣でだまって聞いていれば、慈悲も情けもない云い草、もういっぺん吐ざいてみろ」

「貸しを取るのが、なぜわるい。おれたちに、飢え死にしろというのかい」

「だまれ、誰が、汝らの貸しを倒すといったか。さもしい奴だ、それっ、俺が立て替えておいてやるから持ってゆけ。その代りに、病人のほうも、俺のほうも、客らしく鄭重にあつかわないと承知せぬぞ。……何をふるえているのだ、手を出せ」と野武士ていの男は、ふところから金入れを出して、まだ疑っている亭主の目先へ、金をつきつけた。