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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
二
「そうかもしれん。いや、そうなるとおもしろいが」
惰眠の耳もとへ鐘をつかれたように、人々は、範宴を嫉妬した。
禿谷には、その翌日、一山の人々が踵をついでぞろぞろと群れてきた。講堂は立錐の余地もなく人で埋った。若い学僧がむろん大部分であったが、中には、一院の主も、一方の雄僧も見えて、白い眉毛をしかめていた。
やがて、講壇のむしろに、一人の青年が法衣をさばいて坐った。色の青じろい肩の尖った姿を、人々はふと見ちがえて、
「ほ……あれが範宴か」と、その変りように思わず眼をみはった。
「痩せたのう」
「眼ばかりがするどいではないか」
「病気でもしたとみえる」
聴座の人々のあいだに、そんな囁きがこそこそながれた。しかし、範宴の唇だけは誰よりも紅かった。そして一礼すると、その唇をひらいて、おもむろに小止観を講義して行った。
二
その日の範宴の講義は、あくまで範宴自身の苦悩から生れた独自の新解釈の信念に基づいたものであって、従来の型にばかり囚われた仏法のための仏法であったり、学問のための学問であったりするものとは、大いに趣が変っていた。
従って、今までの碩学や大徳の説いた教えに養われてきた人々には、耳馴れない範宴の講義が、いちいち異端者の声のように聞えてならなかったし、新しい学説を取って、若い範宴の衒学だと思う者が多かった。