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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

「どうぞ、おねがいいたします」覚明は誓った。

かつて、木曾義仲にくみして、矢をむけた時の平家追討の返翰に、

――清盛は平家の塵芥、武家の糟糠なり。

と罵倒して気を吐いた快男児覚明も、そうして、次の日からは、半僧半俗のすがたをすてて、誕生一歳の仏徒となり、性善坊に対しても、

(兄弟子)と、よんで、侍く身になった。

覚明ひとりではない。時勢は、源頼朝の赫々たる偉業を迎えながら、一方には、その成功者以上の敗亡者を社会から追いだしていた。

壇の浦を墓場とした平家の一族門葉もそうである。

それを討つに先駆した木曾の郎党も没落し、また、あの華やかな勲功を持った義経すらが、またたくまに帷幕の人々と共に剿滅されて、社会の表からその影を失ってしまった。

だが――亡びた者、必ずしも死者ではない。生きとし生けるものの慣いとして、生き得る限りはどこかに生きようとしているのである。平家の残党、木曾の残党、義経の残党、その一門係累はことごとく世間にすがたは消していても、どこかで呼吸し、何かの容で、更生にもがいている。

太夫房覚明も、そういう中の一人なのである。

八

新しい力が興ろうとする時には必ず古いものの力がこぞってそれを誹謗してくる。