轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

――なんで慈円僧正のような人がそんな愚をなそうか、僧正はすでに珠である、明朗と苦悩の域をとうに蝉脱した人格は、うしろから見ても、横から見ても、「禁慾の珠玉」そのものである。

そのすずやかな蝉脱のすがたは、歌人としては、随所に楽しむ――という主義の下に、人生を楽しみあそび、僧としては、浄土を得て、法燈の守りに、一塵の汚れもとめない生活をしている。いかに、さもしい俗人の邪推をもって僧正の身のまわりをながめても、僧正に、それ以上なものがなければ淋しかろうとか、不幸だろうとかいうようなことは考えもつかない沙汰である。さまでの僧正を、なおも強いて穢なき臆測で見ようとする人々には、よろしく、僧正と共に青蓮院に起臥してみるがよい。いかに、僧正が、女性のない人生をとおってきても、そこに少しの淋しさも不自然さもなく、いる所に楽しんでいるかの姿がきっとわかるに違いない。

範宴は、縷々として、以上のような意味を、並いる人々へ説いた。そして、

「若輩者が、おこがましい弁をふるいたてましたが、お師の君に、あらぬ世評のふりかかるは、弟子の身としても、口惜しい儀にぞんじます。