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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

逃げ損ねた者が二、三人、異様な声をあげて横たわった。折も折、彼らが二町も後ろに置き捨ててきた輦のあたりから、姫の声にまちがいない帛を裂くような悲鳴が流れてきた。それにも狼狽したであろうし、四郎の暴れまわる殺気にも胆を消したとみえ、侍たちは、足も地につかないでいずこへか逃げてしまった。

死骸の衣服で、ぐいぐいと刀の血をふきしごいて四郎は、肩のこりでもほぐしたように、両手の拳をたかく空へあげ、

「はははは」何がおかしいのか独りで笑った。

するとそこへ、河童頭の侏儒に似た小男が駈けてきて、

「親分」

「蜘蛛か、どうした?」

「うまくゆきました」

「女は」

「ひっかついで、この道は、人に会うといけないから、並木のうしろの畑道を駈けてきます」

「そうか」跳ぶが如く、堤を一つこえて、畑のほうを見ていると、蜘蛛太のことばのように、一かたまりの人影が、輿でもかつぐように、肩と肩とを寄せ合って、堤と畑とのあいだを、いっさんに駈けてくる。

黙って、四郎も走る、蜘蛛太も走る、そして、四、五町も来るとようやく安心したもののように息をやすめて、

「おい、一度下ろせ」と四郎がいった。

露をもった草の上に、ふさふさとした黒髪と、五つ衣の裳を流した、まだうら若い姫の顔がそっと横に寝かされた。