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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

「眼はすこしも見えぬようじゃな」

「業の報いでございましょう」

「幼少から?」

「いいえ十年ほどまえからでございました。いかなる病毒をうけましたやら、ほとんど一夜のうちに眼がつぶれ、その当座はまったく世の中が闇になったように思いましたが、馴るるに従って不便もわすれ、いささか好む琵琶を弾いて生業といたし、こうして花に月に、風のままに召さるる所へ参じては御宴の興をたすけ、独りになれば琵琶を妻とも子とも思うて暮しておりますと、いっそ、眼が開いて五慾の煩悩にくるしんでいた時よりは、心も清々としてよいように存じまする」

「ははは、ようしたもののう」禅閤は、範宴へ向って、

「何ぞ曲をのぞんでやってください、唐曲も弾くし、平家も詠う」峰阿弥は、手を振って、

「なかなか、唐曲などは」と謙遜した。

範宴は、曲を聴くことものぞましいが、もっと、この法師の身の上やまた眼が見えぬ人間の生活が訊きたかった。

だが峰阿弥は、客が倦まぬうちにと思ったか、琵琶をかかえ直して、はやくも絃を調べにかかる。四絃のひびきがすると、端居していた侍たちだの、次の間にいた童女や召使までが、席へ近くにじり寄って皆耳をすましていた。