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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

四

四

琵琶の海老尾に手をかけて、四つの絃の捻をしきりと合せていた峰阿弥は、やがて、調べの音が心にかなうとやや顔を斜めに上げて、客か主人かが所望の曲をいい出すのを待っているような容子であった。そこで、僧正が問を入れた。

「法師」

「はい」

「そちの琵琶は唐作りのように見ゆるが、やはり舶載物か」

「いいえ、古くはございますが、日本でできたものでございましょう、銘に、嵯峨とありますゆえに。それに、唐琵琶は多く胴を花梨でつくりますが、これは、日本の黄桑でございます」

「日本に琵琶の渡ってきたのは、いつのころからであろう」

「さよう――」峰阿弥は、見えない眼をしばたたいて、

「よう、存じませぬが、推古朝の時代、小野妹子が隋の国から持ってきたと申す説、また、仁明帝の御世に遣唐使藤原貞敏が学んで帰朝したのが始まりであると申す説と、いろいろにいわれておりまするが、いずれにしても天平のころからあったということは光明皇后から東大寺へ御寄進なされました御物を拝見いたしましても頷けることでございましょう」

「本朝で、琵琶の上手といわれる人は」

「ただ今申しました藤原貞敏卿や宇多源氏の祖敦実親王、また親王の雑色で名だかい蝉丸」