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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

心配になることはご同様だが、まあもうしばらくなされるままにして見ているより他あるまい」誰よりも幼少から師の房の性質を知っている性善坊がいう言葉なので、それに従うほかはないと民部も覚明も黙ってしまう。民部は師の房にかわって寺務の一切を見ておるのでそれに心をとられて落着いてもいられなかった。覚明の方は楽天的なところがあって、

「そうだとも、われらよりは深い思慮で遊ばすことだ。つまらぬ憂いは、かえってご思念の邪げになる」すると黄昏の寂とした物静かな空気が、伽藍の高い天井から圧しるように下りてきて、若僧が内陣の釣燈籠に灯をくばりかけたころであった。まだほの白い方丈の庭面にあたって、何か、大きな物音がしたのである。つづいて、性善坊の名を呼ぶ声がする、幾度もつづけざまにする、紛れもなく師の房の声だった。

「はいっ、はいっ」性善坊は何ごとかと思いつつ駈けていた。一室の戸はあいているが範宴の姿は見えない。ふと見るとその範宴は庭に立っていた、足もとにはちょうど今日あたりがいっぱいに開いていたと見える白磁の壺の牡丹が、その壺ぐるみ庭石に抛たれて微塵に砕けているのだった。