轻松读懂日语经典作品
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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
大盗篇
あられ
一
それを無情と呼ばば呼べです。玉日様、お帰りなさい、おさらばです」この人にこんな厳しいものがあったのか、こんな冷たい声も持っていたのか、霜のような、巌のような、何という人間味のない宣告だろう、万野は泪も出なくなった。
大盗篇
あられ
一
この辺りは新しい仏都をなしかけていた。
仁和寺の十四宇の大廈と、四十九院の堂塔伽藍が御室から衣笠山の峰や谷へかけて瑤珞や青丹の建築美をつらね、時の文化の力は市塵を離れてまたひとつの聚楽をふやしてゆくのだった。
鏡ヶ池には夏は蛍がりに、宇多野には秋を虫聴きに、洛中の人は自然を慕い、四季の花に月に枯野見にかこつけてよく杖をひく所であるが、わけても今年の秋から冬へ、また冬から年を越えての正月まで、仁和寺をはじめ、化蔵院や、円融寺や、等持院、この辺りの仏都市へ心から素直になって詣でる者が非常に多いといわれだしていた。
「おのずから世の推移が、人の心をこういう方へ向けてきたのじゃ」とここの人々は、それを仏教の繁栄といい、興隆といい、また復興といった。
そういえばそういわれないこともない。戦が生活であり、戦が社会の常態だった一時代はもう大きな波を通った船から振りかえるように後ろのものだった。