轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
そうした庶民たちが、
「寺へでも詣でようか」とか、
「説教でも聴いたら」と、洛外へ出るのだった。
したがってこういう人々が仏法へ奉じる行作は決まって形式的だった、遊山気分だった、派手だった。
山内の修復を勧進しましょう、塔を寄進いたそう、丹を塗ろう、瑤珞を飾ろう、法筵には能うかぎり人をよび、後では世話人たちで田楽を舞おう。そういうふうに仏教を享楽するのでなければ、彼らの空虚は満たされなかった。求めて来る者に対して満たし与うものを、この十四宇と四十九院の堂塔伽藍も実は何も持ちあわせていない。
しかし形の上では仏教復興は今や顕然たる社会事実だった。
時代思潮は何ものかを確かに求めていた。
二
きょうも仁和寺の附近は賑わっていた。一つの供養塔を建立した奇特な長者が、一族の者や朝野の貴顕を招いて、その棟上げの式を行い、それを見ようと集まった有縁の人々やこの界隈に住む部落の貧民たちには、銭を撒いたり米を施したりしたので、雪でも降りそうな一月の寒空だというのに、地上は時ならない慈雨のよろこびに混雑をみせているのだった。
「よいことをした。わしの家もこの功徳で何代も栄えよう」