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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

六

「歓ばせて、どうなるか」

「満足する」

「それは、肉体がそう感じるだけのもので、心は、その幾倍もの苦しみや、空虚を抱きはせぬか。人間は、霊と肉体とのふたつの具現じゃ。肉のみに生きている身ではない」

「小理窟は嫌いだ、理窟をいってるやつに一人でも幸福そうに生きている者はない。とにかく俺はその日その日が面白くあればいい、したいことをやって行く」

「あわれな男のう」

「誰が」

「お汝じゃ」

「わはッはははは」四郎は高い天井の闇へ洞然と一笑をあげて、

「こいつが、てめえ自身の不倖せも知らずに、俺を不愍だといやがる」かた腹が痛そうにしていったが、ふと、範宴の一語が頭の隅で気になるらしく、

「おれのどこが、あわれなのか、あわれらしいのか、いってみろ」

「おもとのような善人が、会うべき御法の光にも浴さず、闇から闇を拾うて生きていることの、何ぼう不愍にも思われるのじゃ」

「やいっ、待て」四郎は大床を一つ踏み鳴らして、

「おれを善人だと」

「されば、そういった」

「すこし気をつけてものを吐かせ。この天城四郎を善人だといった奴は、天下に汝をもって嚆矢とする。第一、俺にとって大なる侮辱だ。おれは悪人だ、大盗だ」