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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
二
――で、この期にこそ、まず自分の小智や小学やよけいな知識ぶったものを一切かなぐり捨てて、自分も世間の一凡下でしかないとみずから謙虚な心に返って、この説教の席にまじって、耳をすましているのであった。
二
十日ほど、範宴は通った。
そのあいだに、一般の聴法者のあつまりには、法然上人のすがたは、いちども、説教の座に見られなかった。
「お風邪をひいて、臥せっていらっしゃるのだそうだ」信徒の人々のうわさだった。
で、教壇には、法然直門の人々がこもごもにあらわれて、念仏の要義を、極めてわかりやすく、しかも熱心に説くのだった。
その中には、他宗にあって相当に名のあった学徒たちが、顕密諸教の古い殻から出て、この新しい宗祖の下に集まって来ている者も尠なからずあった。
西仙房の心寂、聖光房の弁長、また空源とか、念阿とか、湛空などの人たちは、範宴も以前から知っている顔であった。
また、鎌倉殿の幕府うちでも、武名の高い坂東武者の熊谷直実、名も、蓮生房とあらためて、あの人がと思われるような柔和な相をして、円頂黒衣のすがたを、信徒のあいだに見せているのも眼についた。
「ここの壇こそは、生きている声がする」