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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
私は、峰阿弥と申すものです。どうぞ、よそながらこうとお伝え置きねがいまする」
独りで喋って、独りでうなずきながら、旅の琵琶法師は、落陽のさしている風の中を、大原道のほうへとぼとぼと歩み去った。
「なんじゃ、あの法師めは、盲というものは口賢いことをいうから嫌いだ」牛飼の男が、つぶやいた時、戯れ合っていた稚子たちが、
「あ、お見えじゃ」と立ち上った。
雲母坂を越えて斜めに降りてくる範宴の姿や、その他の迎えの人々が見え初めたのである。輦の簾をあげて、牛飼は軌の位置を向きかえた。
(範宴離山)の噂は、半日の間に、叡山にひろがっていた。ひそかに、彼へ私淑している人々だの、彼の身を気づかっていた先輩だの、また、一部の学徒の人々だのが、真っ黒なほど範宴のうしろに列を作っていた。
その人々へ対って、慇懃に、別辞の礼を施してから、範宴は、輦の中へ移った。彼の胸には、この時すでに、十歳の春から二十九歳のきょうまで、生れながらの家のように、また、血みどろな修行の壇としてきた、叡山に対して、永遠の訣別を告げていたのであったが、送る人々は、なにも気づかなかった。
「範宴御房、おすこやかに」