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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

「よいわ、どこぞ、人が足をふまぬところへ、そっと、埋めておけ」

「勿体ない、畜生じゃ」侍従介は、腹が癒えないように、まだ罵っていた。

「お館はおらるるか」

「はい、おいで遊ばします」

「取次いでくれい」

「どうぞ」と、熊手を引いて、先に立つ。わが家も同じようにしている館なので、わざと、式台にはかからずに、網代垣をめぐって、東の屋の苑へはいると、

「まあ」ゆくりなく、そこの南縁の陽だまりに、乳のみ児を抱いた吉光の前と、有範との夫婦が、むつまじく、児をあやして、くつろいでいた。

よく、女性の美は初産に高調するというが、吉光御前のこのごろのやつれあがりの面ざしや、姿は、真夏を越えた秋草の花のように、しなやかで、清楚で、常に見なれている二人にも、そのやかさが、時に、眩ゆくさえ見えた。

「おそろいで、ようこそお越し……。さ、こちらの室へ」

「十八公麿は」

「よう、眠っておりまする」

「どれどれ」何よりも先にというように、範綱は吉光の前の腕のうちをのぞきこむのであった。

珠が珠を産むとは、これをいうのではあるまいか。母の麗質をそのままにうけている。すやすやと小さい鼻腔からやすらかな呼吸をしている。