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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

五

洛内のどこかへ、急な用でもいいつけられて行ってきた帰りか、それは、天城四郎の手下のうちでも、一目でわかる例の蜘蛛太。

河鹿が跳ぶように、石から石へと、白河の流れを、足も濡らさずに渡り越えて、神楽岡をのぼりかけたが、

「おや?」と、立ちどまって耳をたてている――

「琵琶の音がするぜ。はてな、こんな所に邸はなし……」ふと見下ろすと、赤松の林の中に、ポチとかすかな灯があった。琵琶の上手下手を聞きわける耳のない蜘蛛太も、足をしばられたように聴き恍れていた。

「誰だろう?」好奇心も手伝って、――またその妙な音色にも釣られて――蜘蛛太は坂の途中から熊笹の崖を降りていた。

やがて出るや秋の夜の

秋の夜の

月毛の駒よ心して

雲井にかけた時の間も

急ぐ心の行衛かな

秋や恨むる恋のうき

何をかくねる女郎花

我もうき世のさがの身ぞ

人に語るな

この有様も恥かしや

「小督だな」平曲はちかごろ流行っているので蜘蛛太にも、それだけわかった。

忍び足して、裏の水屋の隙間からのぞいてみた。ぬるい煙が顔を撫でる。炉ばたには黙然と首をうなだれて聞き入っている人があるし、一人はやや離れて琵琶を弾じている。主客ともに四絃の発しる音に魂を溶けこませて、何もかも忘れているらしい姿が火に赤々と映し出されている。