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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

それが、禅閤はおそろしかった。

願わくは、姫が、何らかの動機でこのままその心のものを解消するか、忘れてくれれば――と祈るのであったが、事実は、反対に、日と共に、姫の胸には、その病源がふかく蝕い入ってゆくように思われる。

(何としたものか)ほとほと困りぬいているらしい父の禅閤の眉はまた、子をもつ親の苦悩を深刻に抉っていた。と――次の室で、侍女が、

「万野さま。ちょっと……」と、小声で呼ぶ。

「お医士ですか」

「いえ、お文状でございます――禅閤様へ」

「わしへ」禅閤はふりむいて、この別荘へ、誰からの使いであろうかと疑った。

「そちらへ置け。今参る」そういって、姫の枕元からそっと起ちあがった。姫は、かすかに、弱い眸で、その父の顔いろを枕からじっと仰いでいた。

七

「文状は、どこへ置いてじゃ」東園の広い梅林に向っている一室へ出てきて、月輪殿は、眼をしばたたいた。多分、暗い病室から急に明るい陽ざしの前へ出てきたので、まばゆさに、眸がじらっとしたのであろう。

表の召使が、縁の端から、

「おてがみは、お館様へ、直々におわたし申しあげたいと、使いの者は申しおりまする」

「どこからじゃ、その使いとは」