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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

七

太夫房覚明は、牛小屋の外に積んである干し草のうえに坐りこんで寝足らない顔を陽なたに曝していた。

いつの間にか後ろへ倚りかかって、覚明は、居眠っていた。まるで子どものように他愛ないのである。

この男も、善信(親鸞)を師と仰いでから、もう年久しい。善信自身が、ここに落着きを得るまでは、ほとんど席の暖まる間はなかったし、他からの迫害に追われなければ、自身の悩みと求道のため、波瀾から波瀾へ年月を送ってきたので、弟子たちとこうして静かな草庵の陽を守ることもきょうまでなかったといってよい。

でも、行きはぐれても、離れても、いつのまにか、性善坊と、この覚明のふたりだけは、善信のそばへ戻ってきていた。――もっとも今は、その善信は旅に出ていて留守ではあるが。

牛が、のどかに啼く――覚明は、ゆうべの思わぬ怪我人の世話をやいて、ろくに眠られなかったせいであろう、唇から涎をこぼしている、いかにも、快げに居眠っているのだ。

壮年時代には、進士覚明といわれて、その学才は都に聞こえ渡っていたし、木曾殿が兵を挙げた時には、一方の侍大将として、平家の武者を心から寒からしめたほど豪勇な人物であったが、こうして見ていると、まるでその当時の猛々しさなどは、影にも見えない。