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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

「いや、自分も、心では」などとにわかに騒めき出す。

信不退か、行不退か、の試判はこれで明瞭になった。

信の座についた者は、結局、

法印大和尚位聖覚

釈の信空法蓮

熊谷蓮生房

それに――

善信(親鸞)

法然

と、こう五名だけしかなかったのだ。群居する数百名の門徒のうちで、わずかこれだけの人しか真に信仰をつかんでいた人はなかったことが明らかにされたのである。

後は、おそらく、念仏はとなえても、他力の門に籍はおいても、どこかに小さい自力がこびりついていた人々だった。旧教の殻が脱けきれないのか、研鑽が浅いのか、とにかく、肚の底まで、念仏そのものに、澄明になりきれない者たちだった。善信は、心のうちで、

「これでも、今の時代は宗教が旺だといえるだろうか。旧教の仏徒から、嫉視を受けるほど、勃興していると見られている念仏門が――」と、嘆息していた。だが、法然は、

(そうもあろう)当然なことでもあるように、騒めいている門徒たちの上を、嘆きもせず、欣びもせず、いつものような眼でながめていた。

十

叡山の大衆は、その後、

(吉水は降伏した)と、例の法然とその門下の名をつらねた七箇条の誓書に、凱歌をあげていたが、