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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

「水? ……水を何に遊ばすのか」

「足を洗うのでございます」

「えっ。……では裸足で?」

「はい」

「裸足でここまで……」住蓮も安楽も、顔を見あわせてしまったのである。

何かの仔細で、たとえ夜を冒して来たにしても、供の者や輦を待たせてあるのであろうと想像していたのに、裸足で来たとは? ――しかも――内裏の奥ふかくに住む上が。

(これは、ただ事ではないぞ)住蓮は、友へ、眼をもっていったが、もう遅かった。上がれとゆるしてしまったものを、急に、戸を閉めるわけにもゆかない。

やむなく、ふたりを導いて、裏の筧で足を洗わせ、そして炉のそばへ誘うと、凍えきった鈴虫は、恥かしさも、遠慮もわすれて、炎のそばへ、辷り寄った。

松虫も、おののく手を、榾の火にくべるようにかざした。紅玉を透かして見るように、その指の一つ一つが、美麗だった。安楽房は、何かすばらしい名工の細工物でも見るようにその手に見恍れていた。

住蓮は、黙っていた。ふたりもしばらくは言葉も出ないのであった。

四

松虫と、鈴虫――

ことばは慄えがちだし、胸にいっぱいな今の気持も、充分にいいあらわせないのであったが、ふたりは、こもごもに、御所を逃げてきたわけを話し出した。