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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

――このたびの儀は、こよなきおよろこびでござりましょうとな。……すると、上人もほほ笑まれて、善信ようこそ申されたと、お賞めのおことばを戴いたことであった」

玉日は、乳をすう幼児の顔をじっと見ていた。自分が一つの母胎であると共に、良人が、億万の民衆に愛と安心の乳をそそぐ偉大な母胎でなければならないことがよく分った。

――だが、女としては、まして若い母としては、胸の傷むことであった。良人の話に、うなずきながらも、睫毛の先には、白い露がかすんでこぼれかけた。

「すこし見ぬ間に……」と、善信は、房丸を抱きとって、頬ずりした。

「――重うなったの、さだめし、そなたは丹精なことであろう。だが、風にもあたれ、雨にも当れ、弥陀の子は、きっと育つ」

生信房は次の間の物蔭に手をついていたが、善信のことばが、いちいち腸に沁みてくるように思った。

三

善信が岡崎へもどって来たのは、決して罪がゆるされたからではない。

むしろ、その重罪が決定したからである。

越後の国府へ流罪とさだまると、彼は一先ず、評定所の門から出され、その日の来るまでは、岡崎に蟄居と決まった。

勿論――上人を訪れることも、官のゆるしがなければできない。