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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
五
(なんぞ、お慰め申さでは)と、竹内の庵室へ、草餅を持って来たり、そっと野菜を置いて行ったり、親鸞も弟子たちもみな留守だと、
「ここが壊れている」
「垣も荒れている」と、屋根の繕いもしたり、雑草をむしったり、掃除までして、奉仕することをよろこぶのだった。代官の萩原年景の部下が、配所の見廻りに来て、
「こらっ、下民ども、都から流されて来た流人の小屋を、さように、手入れいたしたり、立ち寄ってはならん」と叱って追い払うと、
「それ、鬼の子が来た」と、彼らは争って逃げるが、もう翌朝にはまた来て、
「これを、お上人様へ上げてください」と、温かい食物など置いて行く。親鸞は、いつも、
「ここはありがたい仏国である。都のうちでは、こういう仏果にめぐりあうことはすくない」といって、彼らの喜捨に手をあわせたが、極く質素な朝夕の衣食に足るものだけを受けて、後は貧しい家の病人のいる家へ、弟子たちの手でわけてとらせた。代官の萩原年景は、
「売僧めが、愚民をたぶらかしおる」と、意識的に、いよいよ配所の人々を苛酷に取り扱ったが、親鸞も弟子たちも、少しも意にかける様子はなくて、国司の法には何事もよく従うので、憎んではいるものの、危害を加えることはできなかった。