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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

万野は、玉日の前が未婚のころから侍いていた忠実な侍女であった――親鸞のまだ若い日の事どもを何かとよく知っている女であった。

「……万野も老けてきたことよ」と、親鸞はふと自分の若い日を胸に忍び浮べた。万野はふと振りかえって、

「まあ!」と、親鸞のすがたを見あげた。そしてなつかしげに、

「お変りものう」と、走り寄った。すぐ語尾は涙にかすれてしまうのであった。親鸞は手を取って、

「――はるばると、この遠国へ、さてもよう参ったのう。疲れたことであろう、ともあれ、体をやすめたがよい」と何も問わずに、ふたりの労をいたわった。

四

室は明るかった。

都から来た二人の女性の客をそよそよ吹いて、春のにおいを持つ微風が、静かにそこへ坐った親鸞との間を通って、裏の竹林をそよがせる。

「――まず何より先に承りたいのは、師の法然御房の御消息、月輪のお館へは、讃岐の上人より折々のおたよりもあろう、その後のご様子はどうおざるか……。お変りもおわさぬか」親鸞は訊ねた。

埃にまみれた髪を梳き、旅衣の腰紐を解いて、彼の前に坐った万野と鈴野の二人は、

(なにから先にいおう)と、胸がつまってしまったように、ややしばらくの間、俯目に指をつかえていた。