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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
べっして、体のわるいようなせいではない――。鈴野はなにかしら秘密を抱いたようで、独りで胸が傷んでならなかった。
――蝉の音が、午の窓へすずやかに啼いていた。芭蕉の葉が、時折大きく風に揺れる。
その蔭へ、石念は、いつの間にか来ていて、じっとかがみこんでいた。
四
「――誰じゃ」ふと窓の外へ眼をやった時、親鸞が静かに芭蕉の蔭へ訊ねた。
「石念ではないか」
「は……はい」
「何しておる」
「……私は……お師さま! ……御庵室の床に上がれない不浄な人間でございます、外道へ落ちた人間です」
「何をいう」ほほ笑みが親鸞の顔に泛かんだ。他愛ないことでも聞くように、
「お上がりなさい」と、それだけいった。
「…………」石念はなおそこにじっとかがまり込んでいたが、やがて思い切ったように、
「よろしゅうございましょうか」おそるおそる立った。
そしてやがて、縁から科人のような卑屈な眼を俯せて、親鸞の室へ坐り、自分の頭に下るであろう罪の鉄槌を待っていた。
「……なんじゃ、どうしたのか」親鸞はまだ何も知らないらしいのである。だが、それはかえって石念の苦痛であった。
何も知らない師の房へ、新しく口を切り出すのが辛かった。