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たんげさぜん

丹下左膳

林 不忘

03 日光の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 196,229 字 · 389 页

青空文庫

五

今宵のとまりは、この程ヶ谷。

一夜の旅の疲れをやすめようとなさっているとき、近侍の者の知らせ……江戸家老田丸主水正の若党儀作というのが、狂気のように、ただいまお眼どおりを願ってお宿へ駈けこんだという注進だ。

普通ならば、若党が殿様にじきじきお話を申しあげるなどということは、あるべきはずのことではない。

何人もの口をとおして、言上もし、また御下問にもなるわけですが、旅中ではあり、何分急を要することなので。

破格のお取りあつかい。

「その儀作とやらを、これへ――」

となった。

で、今。

合羽を取っただけの旅装束のまま、裾をおろした若党儀作……彼は、神奈川の宿はずれで、名も知れない道中胡麻の蝿のために、大事の証拠品の壺をうばわれて、追いかけるまもなく、相手は、地殻を割れてのまれたように見えずなってしまったから、それからのちの儀作は、もう半狂乱、半病人。

申し訳ない。なんと言いひらきをしたらいいか――いくど切腹を思ったかしれません。

が。

さきの長い街道筋だ。これから柳生の里までのあいだに、またあの町人に出あうことがあるかもしれないと、それだけを唯一の頼みに、フラフラとつきものでもしたように、やっとこの夕方通りかかったのがこの程ヶ谷の本陣の前。