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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
から、牛若はまったく孤独になっていた。
誰に語るよしもない――その孤独感と絶望の底に沈んでいたところへ、吉次が人目を忍んでは、囁きに来たのである。――少年の気もちは当然、夢に富む方向へうごかされた。
それに、「東国」ということばは、幼少から心に刻みこまれている。そこにはまだ源氏の輩が多くいるという。また、富士山があって、駿馬が多く産まれて、野は際涯もなく広いという。
(――今に東国へお迎え申しあげますぞ)
とは、鞍馬谷の人々からも、明け暮れ聞いていた声である。
日出る東国!
牛若は日の出るたびに、あこがれていた。――月の落ちる頃には都の母のことを、きっと思い出すように。
わざと遠くを廻って、西加茂の大悲山、満樹峠をこえ、応ヶ峰へ出て、やがて夜も白みかける頃、吉次と牛若は、京都の北から町へまぎれ入った。
「おい、起きろ、起きないか」
まだ朝霧も暗い六条坊門の白拍子の翠蛾の家の前に立って、吉次は、門をたたいていた。
二
この家には、吉次の部屋といってもよい程、彼が見える時だけ使われる一棟があった。
中庭の渡り縁から通うのである。母屋に面したほうは壁囲いになっているので、寝ころんでいようと、飲んでいようと、誰にも顔を見られる惧れもない。