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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

――伊東入道の女八重姫に恋なされたかと思えば、亀の前に移り、北条殿の深窓へも文を通わされる。……何たる痴者。……傍目にすら、舌打ちが出る。……けれどまた、そうした毎日にも、普門品の読誦は欠かし給わず、日に百遍の念仏は怠らず、月々三島明神の参拝もお忘れなどあられた例はない」

「兄者人、行こうか」

つまらなそうに、盛綱は塵を払いながら、草から起ちかけた。――とたんに、彼は、何を見たか、携えている弓を立てて、がっきと、矢をつがえた。

定綱は、矢先を眺めながら、

「弟、何を射る?」

「…………」

盛綱は答えもしない。ひき絞った絃をぷつんと切って放った。――矢は、崖下の山寺を蔽っている木立の梢を通って、後に四、五葉ひらひら舞わせていた。

「――落ちた」

矢を負った鳥影が、山寺の裏あたりへ垂直に降がって行った。盛綱が駈け降りたので、どうせ帰り道ではあるし、定綱もやや遅れて、追って行った。

下の山寺は観音大悲を本尊とするので観音院とも、奈古谷寺とも称ばれている古刹だった。庫裡のわきに近頃建てたらしい一棟の僧舎がある。夕闇の底に、その新木の羽目板や屋根の白さが目に立っていた。