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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

「なにッ」

「失火だと」

すべての人が騒然と立った。わけて山木家の人々は狼狽を極めてみな出て行った。ここかしこの短檠や燈台の灯は煤をふいて暗く揺れ、火元の方の烈しい物音と共に、たちまち物凄い家鳴りがすべてをつつんでしまった。

――花嫁はしずかに四辺を見まわしていた。

そこの室に侍いていた女たちも皆、側を離れてどこかへ走って行った。

「…………」

彼女は、にこと笑んだ。

そして燭台の灯をふき消し、水のごとく人のいない部屋を歩いて行った。

山木家の侍がふとそれを見つけ、怪しみながら花嫁の後をつけて行った。政子は広間の次へ出たが、そこに明りが見えたので、廊を引っ返して、白い衣裳のまま、庭面へ走り出した。

「あっ。どこへっ」

組みついた者がある。政子は声もたてなかった。振向いて、その顔を見ると、山木家の家来なので、

「火を避けに行きます」

と、静かに云った。

「火は、大勢して、消しとめています。大事には立至りません。不審なご様子、邸外にお出し申すわけには参りませぬ」

「慮外であろう」

「何であろうと」

「お離し……」

「いや。お戻りください」

云い終ると共に、その侍は、いきなり政子の肩を荒々しく押し返した。