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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
「左様でござる」
取澄ましていると、小舎人は、あわただしく駈けて行った。やがて頼政の子息の仲綱が自身でそれへ来ると、
「おう……これは」
とのみで、お互いに多くも云わず、黙々と木戸を開け、木戸を通り、邸の内のどこかに姿をかくした。
それからだいぶ時刻を措いて、仲綱は父のところへ来て、声密かに、
「新宮十郎行家どのが、旅からお帰りになりました」
と、告げた。
すぐ後から山伏の行家がはいって来た。
頼政は、顔をながめて、
「黙っておられたら人違いするほど、姿も顔もお変りになったのう。……して、諸国の様子はどんなふうでござったか。伊豆へも参られたか。配所におる頼朝様にもお会いなされた事であろうな」
待ちかねていた人であろう。頼政はもう咳もしない。憔悴していた顔色にも、近頃にない元気を取りもどして、矢つぎ早に、訊ね出した。
「ここは、何を申しても、おさしつかえない所か」
と、行家は仲綱へ、室外の気配を糺してから、それに答えた。
「西国は歩きませんが、都から東北はみちのくの近くに至るまで、ほとんど隈なく遍歴しました。伊豆をこえて、亡き頭殿の遺子――この行家には甥にあたる頼朝が成人ぶりも見届けました。