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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
……よいか」
「はい」
素直な妻である。
――が、いつもその後で、一言がある。この夫人の聡明は、もう時々、頼朝を圧することがある。
「女子は足手まとい、いずれはそうと、先頃、新宮十郎行家様がお立ち寄りの時から、おはなしを洩れ伺って、あらかじめ身仕舞はいたしておりました。わたくしの事は、お案じくだされますな」
「いや、そうか」
――実は、一時でも別れるといったら、涙でも見せられはしないかと、頼朝は、話し出すまで、密かに案じていたが、かえって、
(わたくしなどに後ろ髪を引かれ遊ばすな)
と、励ますような妻のことばだったので、ほっとしたり、何かまた、心に足らないものを覚えたりした。
「それと――これも昨日、書面で伺ったことであるが、この二十年亡き父祖恩人たちの供養のため、法華経千部の転読を立願し、それが今、八百部まで行を積み、残るところ二百部となっておるが……これも早、大事に迫っては、当然勤めておられなくなった。……と云うて折角、これまで懈怠なくお勤めもうして参ったものを、後わずか二百部で、断念するも遺憾であると思い、覚淵御房におはからい申してみたところ、その志だけで、願意は立った。