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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

彼は、力づいた。

夜の眠りも、その溢れる力のうずきに、かえって寝苦しかった。

「こんなことでは困る」

と、自分をたしなめてみても、落着かないで仕方がなかった。配所の二十年間に、実にめずらしく、ここ数日だけ、読経の声もしなかった。

十五日のたそがれから雨が降り出した。十六日も降りつづけた。――かなりな雨量で、富士も箱根連山も見えない。白い霧旋風と雨のみが野を翔けまわっていた。

「あすは、愈、十七日」

無言のうちに、誰の面も硬ばっていた。その十六日の夕方、頼朝は、蓑笠に身をつつんで、わずかな従者と共に、密かに配所を出、北条家のほうへ、移っていた。

待ちどおしい――しかしまた、恐ろしい気もする一夜を、彼は、北条家の奥に眠った。ふと、眼のあくたびに、瀟々と、雨の音ばかり耳についた。そして夜はなかなか明けてこなかった。

二

チチ、チチと、小禽の声がする。客殿の戸のすきまから仄白い光がさす。夜明けだ。頼朝は、声なく、叫びながら衾を蹴って起きた。

「――治承四年八月十七日」

衣服をまといながら彼は口のうちで云った。

この日を、想念に刻んで、心のまん中へ、碑として建てた。