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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
時政からつけてよこした源藤太という雑色男は、よく勝手を弁えているというので、堤信遠の邸の裏手へ兵をまわして、そこからふいに矢を射こんだ。
裏の方で、鬨の声があがるのと同時に、佐々木兄弟は、表から躍りこんで、
「信遠やある!」
と、屋内へどなった。
邸の内は、突然の事に、うろたえた人影が、屋鳴りをさせて駈けあるいていた。その大屋根の上に、八月十七日の月が昼のようにあった。
「あっ、そこにか」
兄弟たちの影を見て、六、七名の郎党が、思い思いな得物を持って躍り出して来た。血とも思えない血しおが月の光に黒々と、そこ此処へ無造作に撒きちらされた。
ひとり組み伏せて、
「くッ」
と、上と下で、白刃を奪り合っていた次男経高が、深股へ矢をうけて、
「やられたッ」
と、さけんだ。
その隙に、猛然と、刎ね起きて経高へ迫りかけた敵を見ると定綱は、
「おのれ」
と、飛びついて、うしろから弟の敵を斬り仆した。
矢は滅茶苦茶にどこからともなく飛んで来るが、案外、相手に立って来る敵は少ない。中にひとり凄まじい働きをして、味方を悩ましている男があった。それこそ、主の信遠と見て、
「その首を」