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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

と、経高が、傷手もわすれて、よろ這いながら近づいて行くと、信遠の方から、

「何奴ッ」

と、太刀をかぶって、向って来た。

経高は、危うく見えた。死力をしぼって、渡りあっている間に、屋内を駈けまわって、

「信遠はどこに」

と、血眼で当の相手をさがしていた定綱と、高綱のふたりが、

「やっ、あれだ」

縁を跳び降りて、三方から信遠をかこみ、無性に斬り捲って、ようやく彼を討ち取った。

――その頃。

本軍の時政以下の者は、山木家の山裾を流れている天満橋を押渡って、そこの中腹に見える土塀門へ近づくまでは、正面の石段道を避けて、左右の崖を、徐々と這いのぼっていた。――木の間を洩れる月の斑と、風に降る雫のほか、まだ何の物音も揚がっていなかった。

七

燭はまたたいているだけで仄暗い。さし込む月のほうが明るかった。手枕で横になっている人の足の爪にまで、その白い光は映していた。

寝ている人の体から酒のにおいが霧のように立っている。ふたりの侍女は、黙然と、側に坐して蚊を追っていた。自堕落な主人のすがたを悲しむかのように、二つの白い顔は、冷たい眉をそろえて沈黙をまもっていた。

「――殿っ。